STORY 06
誰も歩んでいない道を、
自ら作る
FC町田ゼルビア 最年少COOの
キャリアの切り拓き方
株式会社ゼルビア
代表取締役COO
STORY 06
FC町田ゼルビア 最年少COOの
キャリアの切り拓き方
株式会社ゼルビア
代表取締役COO
新卒面接で、上田氏はこう言った。
「人生のビジョンとして日本代表をワールドカップで優勝させたいんです。そのためにここに入りたいです。」
2017年にサイバーエージェント入社後、メディア事業で結果を出し続け、2020年にFC町田ゼルビアへ出向。
クラブ初の出向社員となった。その後、入社6年目の28歳でCOOに就任し、歴代最年少でJリーグ実行委員に名を連ねる。
2023年には、悲願だったクラブ初のJ2優勝・J1昇格を成し遂げた。
異業種からの挑戦。COO就任直後は、右も左もわからない中でなりふり構わず出会いの場に足を運び、多くの人から知恵を借りる日々だったという。
そうして得た学びを武器に、現場に入り込みながら確実に実績を積み上げてきた上田氏。
誰も歩んでいない道を自らの足で切り拓いてきた、そのキャリアの裏側にある出会いや思考法について聞いた。
キャリアの起点には、入社前から発信し続けてきたことがある。
「就活の時から、自分の人生のビジョンを軸に据えていました。それを実現するためにこの会社に入る、と決めましたね。」
入社後、現場で働きながらも、上田氏はことあるごとに自分の夢を口にした。
「将来サッカーに関する仕事をやりたいやつがいる」
その姿勢は、人事の責任者や役員の記憶に残っていった。
「ガムシャラに頑張っただけでやりたいことができるわけじゃないとは思いますが、少しでもチャンスを広げるために、1年目からずっと一貫して同じことを言い続けていました。それが藤田会長はじめとする役員の皆様にまで届き、タイミングも重なって幸運なことに抜擢していただきました。」
この抜擢の背景には、メディア時代の最初のボスである山田陸氏(現・サイバーエージェント常務)の存在も大きい。山田氏は、上田氏の若手時代にマネージャーに抜擢するなど、キャリアの土壌を作った。今も、山田氏のリーダーとしてのスタンスや言葉選びを尊敬しており、自身の仕事のあり方の参考にしている。
2020年、ゼルビアに合流した当初、上田氏はまず「黒子」としてのサポートに徹した。
「出向で親会社から偉そうに入ると、絶対に軋轢が出てきます。そのためまずは黒子として、どういう組織を作っていけばゼルビアの人がもっと活躍できるか、を考えるのが大事だと思いました。最初にやったのは人事制度を変えるところだったのですが、そういう仕組みを整えることを最初の3年間はやっていましたね。」
現場へのリスペクトを前提にしながら、少しずつ新しい基準を組織に馴染ませていった。
「プロセスだけでなく、結果を評価する。こうした基準を組織に浸透させていくことも、自分の役割でした。」
経営の立場になってからは、藤田(晋)会長から受けるフィードバックの重みも変わったという。
「自分が経営する側になって壁にぶつかったとき、相談すると藤田会長からバシッと『これはこうだ』という的確な答えが返ってくる。その経営判断の引き出しと、積み上げてきた経験の数はやっぱりとんでもないなと。自分が当事者になったからこそ、今もまだまだでがありますが、少しだけその凄みの解像度が上がりました。自分が当事者になったからこそ、その凄みの解像度が上がりました。今はとにかく、チームが勝つための売上・集客・ガバナンス・予算管理・人事、その他すべての実行責任をすべて背負うのが、COOである僕の仕事だと思っています。」
COO就任直後の上田氏を支えたのは、「競技の壁を越えたつながり」だった。
「クラブの中を見渡すと、現場の強化担当、グッズ担当、営業担当とみんな役割がバラバラなんです。僕と同じ立場で、経営全体を見て悩みを共有したり相談したりできる相手が、物理的に社内にはいない。異業種から来たばかりで右も左もわからなかった僕は、とにかく答えを外に求める必要がありました。」
合流直後は、情報収集に走った。
「最初は、講演会や交流会には片っ端から行きました。スポーツビジネスのイベントを調べて足を運ぶうちに、『あ、また会いましたね』となって深いつながりができていく。そこでDeNAベイスターズさんの知り合いや、他のIT業界出身オーナーのクラブの人たちと『あるある』を共有できたことは、経営を学ぶ上で大きな助けになりました。」
そうして外の世界へ飛び出す中で上田氏が活用したのが、Jリーグという組織そのものが持つ支援体制だ。
その象徴が、Jリーグカテゴリーダイレクターとして各クラブの経営をサポートする小谷野氏の存在だった。
「小谷野さんには、経営の根幹に関わる数字の話などを何度も相談をさせてもらいました。隠そうとしてもJリーグには情報が集まりますし、だったら最初からプロに相談して、全体のレベルを上げたほうがいい。このオープンな支援文化には、すごく助けられています。」
この「共創」の精神は、リーグ全体に根付いている。
時にはライバルであるはずの他クラブが、自社のスタジアム見学ツアーまで実施してノウハウを伝えてくれることもある。
「全員でJリーグを盛り上げよう」という横のつながりの深さは、他の業界にはない、サッカー業界ならではの大きな魅力だ。
社内に相談相手がいないという状況も、この『外とのつながり』があったからこそ乗り越えられた。
多くの出会いに支えられてきた上田氏だが、キャリアの選択においては常に「自分はどうしたいか」という軸を貫いてきた。
「良い意味でも悪い意味でも、僕は『自分は自分』なんです。自分の歩みたいキャリア、やりたいこと、成長したい姿が常に自分起点。だから、誰かに影響されて進路を決めるということはあまりありません。」
IT企業からサッカークラブを運営するキャリアへの道も、誰も歩んだことのないルートだった。
「参考にできるロールモデルが社内にいない。だからこそ、自分がそのモデルケースを作らなきゃいけない。後輩たちに『こういうキャリアの広げ方もあるんだ』と選択肢を示してあげたいという思いが、今の自分を突き動かしている大きな要因かもしれません。」
COO就任から4年余り。外に出てアドバイスをもらい、インプットするという時期はひと区切りついた。
「23年、24年はいろんな人に会う時期だと決めていた。でも、今はやるべきことが明確に見えています。ACL(=アジアチャンピオンズリーグ)への挑戦、そして新規ファンを拡大し続けること。これからは、これまでインプットしてきたものを形にしていくフェーズです。」
FC町田ゼルビアを、他クラブに負けない熱狂を生むビッグクラブにする。
一貫して「やりたいこと」を伝え続け、誠実な仕事を通じて信頼を築く。
その姿勢がきっかけとなり、得られた知恵とつながりを武器に、上田氏の挑戦はこれからも続いていく。自ら選んだ道を正解にするために。
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やりたいことを伝え続け、誰も歩んでいない道を自ら切り拓く。
その姿勢がきっかけとなり、数々の「つながり」に支えられながら、上田氏は今のキャリアを歩んでいる。
自ら道を切り拓くその姿は、正解のない時代を生きるビジネスパーソンにとって、
一つのヒントになるはずだ。![]()