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コラム

コロナ禍でDXが進んだ老舗“突っ張り棒”メーカー・平安伸銅工業。カギは「スタッフの自主性と成功体験の積み重ね」
竹内 香予子

平安伸銅工業株式会社は、昭和27年に産声を上げた老舗メーカー。一代目社長は銅加工やアルミサッシ製造に注力し、二代目社長は時代の流れから事業を転換、ネジやクギを使わずに収納空間を増やせる収納用品「突っ張り棒」を日本中に普及させました。

そして三代目の竹内香予子社長は、突っ張り棒だけでなく暮らしを豊かにするさまざまなツールを提供し、同社のビジョンでもある「私らしい暮らし」の実現に尽力しています。

時代とともに柔軟に変化し続けた平安伸銅工業は、業務の効率化にも積極的に取り組んでいます。そこで同社が成し遂げたDX(デジタルトランスフォーメーション)について、竹内社長と、実務を担当している荻野さんに伺いました。平安伸銅工業の奮闘を覗いてみましょう。

竹内 香予子

平安伸銅工業株式会社
代表取締役

竹内 香予子

1982年兵庫県生まれ。新聞記者を経て、2015年につっぱり棒の業界トップシェアメーカー「平安伸銅工業」の三代目社長に就任。あらゆるつっぱり棒を熟知し、整理・収納にとらわれない新しい使い方や商品開発に力を注いでいる。つっぱり棒博士。整理収納アドバイザー。

ファックスや手書きの注文書、捺印……前時代的な商慣習がDXを阻む

DXのお話を伺う前に、御社の業務内容について教えてください。

竹内さん:平安伸銅工業は「突っ張り棒」や「突っ張り棚」といった収納用品の開発、製造、卸、販売を行っているメーカーです。

「LABLICO」ブランドの商品
「LABLICO」ブランドの商品

製造した製品はホームセンターや家具店などに卸すほか、エンドユーザー様向けのECサイトも運営中です。国内には大阪本社、東京支店、岐阜の物流センターの3拠点を有しています。

本社オフィス
本社オフィス

社員数は現在65名程度。2017年度は30人程度だったので、約5年で組織が倍増しています。組織の拡張に伴って、DX推進による業務改革の必要性が年々増していました。

ありがとうございます。ここからDXの話に入っていきます。老舗メーカーがDX化を進めるにあたって、当初どのような課題がありましたか?

ありがたいことに発注量は増えていたのですが、スタッフ全員が日常業務で忙殺されて、新しいことにチャレンジする余白がない点に課題を感じていました。

古い会社なので、経費精算や手書きの注文書、契約書の捺印など、あらゆる社内業務においてアナログな作業が数多く存在していて。特に困っていたのが、ファックスによる取引先との受発注のやりとり。この時代にファックスがメインツールとして使用されていたのです。

ファックスで受けた発注書を担当者が手作業で仕分けして、対象となる製品の手配を行い、欠品の場合はその旨をファックスで返信します。この仕分けと返信作業だけで、1日数時間以上かかることも珍しくありませんでした。

このような数々のアナログ作業に時間が取られることで、新商品の開発などお客様への価値提供が満足にできていないことに危機感を覚えていました。現状維持は企業の衰退に繋がってしまいます。そんな状況を打開しなければと考えていたんです。

コロナ禍で一気に進んだDX。スタッフが取り組みやすいようルールを制定

実際にDXを推進するようになったのは、いつ頃でしょうか?

竹内さん:社内の基幹システムについては2011年頃から導入を進めていました。ただ先述した受発注に関する作業や、その他の社内業務についてはアナログな状態です。

この状況に大きな変化をもたらしたのが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に起因する、緊急事態宣言の発出です。急遽、在宅勤務に対応せざるを得なくなり、在宅勤務ができる労働環境を構築することになりました。このコロナ禍をきっかけに、DXを一気に推し進めています。

竹内 香予子さん

コロナ禍の在宅勤務に対応すべく、変えたことや取り入れたことは何でしょうか。

竹内さん:まず2020年3月に、総務チームが力業でIPフォンやノートパソコンへの移行を完了。同時並行で在宅勤務でも十分なコミュニケーションが取れるよう、クラウドコミュニケーションツールのSlackを導入しました。

コミュニケーションツールの導入時には、オンラインのコミュニケーションルールを同時に策定しています。ニュースでよく聞く非効率なこと、たとえば「Zoomは上司よりも先に退出してはならない」「チャットでの業務報告に全員が『ありがとうございます』と返信しなければならない」といったことが起きないようにしたかったからです。

かといってチャットで何のリアクションもなければ、チームの空気が少しギスギスしてしまいますよね。だから「スタンプでいいから反応しよう」と取り決めてあります。

ルールの制定によって、効率的な運用ができているのですね。このほかに工夫したことはありますか?

竹内さん:ITコンサルティング会社と契約して、いわゆる情報システム部のようなサポート体制を構築しました。コロナ前は各システムの問い合わせ窓口を社内の管理部門が担当していたのですが、DXを進める中で質問や不具合の報告が殺到してしまって。今はITコンサルティング会社の方が社内Slackで質問や相談に対応してくれています。

これまで宿泊で開催していた社内総会をオンライン化したことも、大きな変化といえますね。小さな企業だからこそスタッフとの連携は重要で、社員総会はその価値観を醸成する大切な場所でした。この価値を落とさずにオンラインへ移行できるよう、大規模オンラインイベントのノウハウを持つ企業にサポートいただきながら実施。結果としてコロナ禍は、当社のコミュニケーションにおけるDXを推し進めたと思います。

2021年キックオフの集合写真
2021年キックオフの集合写真

時間のかかる手作業が全自動に!受発注のしくみをDX化

外部のリソースを上手く活用し、DXを着々と進めてきた印象を受けます。さらに一歩踏み込んで業務効率化したことはありますか?

竹内さん:ファックスによる受発注作業を、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)によって自動化しました。RPAとはコンピューター上の単純作業を自動化する技術のことです。2020年10月、RPAをまったく知らない荻野をプロジェクトメンバーに任命し、講習を受けてもらいながら、社内の実務担当者とともに開発を進めてもらいました。

荻野さん:複数の部門でRPAを導入したところ、その中で大きな革新を生み出せたのは受発注部門です。1日3時間かかっていた受発注のファックス送信・仕分け業務が、自動的に数分で終わるようになり、業務効率化が劇的に進みました。結果として、後手に回っていた受発注担当者の在宅勤務化にも成功しています。

受発注業務の業務効率化によって、どんなメリットがありましたか?

荻野さん:受発注業務を担っていた営業事務部門の手が空いたことで、営業が慣習的に行っていた事務作業を営業事務が巻き取るように。その結果、営業担当者が営業活動により注力できるようになりました。

竹内さん:ブラックボックス化していた粗利管理などにメスを入れられたのも大きいですね。今後の利益率の改善が期待できます。

またファックスの仕分けはヒューマンエラーが起こりやすく、ひとつのミスが業績に大きな影響を与えるほか、スタッフの心理的負担も大きかったです。これをRPAの導入によって解決できてよかったと思います。

人事労務系の業務改善に関するお話も伺いたいです。どのようなシステムを導入しましたか?

竹内さん:経費精算や勤怠管理に関するシステムは、2019年に導入済みです。経費精算はこれまでExcelの申請書を紙出力し、承認のために回覧していました。このような事務工数を削減するため、クラウドツールを導入して申請承認をシステム上で行っています。

また勤怠管理に関しては、タイムカード管理を廃止して勤怠をクラウド管理するために、かなり前から別のシステムを導入していました。しかし2019年にフレックス制度を導入しようとしたら、設定要件が満たせなくて。そのため複数ツールを比較して、新たなクラウドツールに置き換えています。

人事労務系は法令に準拠する業務で型が決まっているので、システム導入は比較的取り組みやすいのではないでしょうか。弊社はフレックス制度の時間設定が複雑だったので、複数システムによる比較検討を行いましたが、それ以前の固定時間制度であれば導入は難しくない印象でした。

また管理部門の情報をオンラインに集約する「ヘルプセンター」も構築しました。日々の業務が忙しいとヘルプセンターの運用・更新が滞りがちなので、定期更新することを業務目標に組み込んでいます。

ここまでお話を聞いていると、DX化に成功しているように見えますが、失敗した例も聞いておきたいです。

竹内さん:失敗したなと思うのは、社内のあらゆる情報が集約できるツールです。カスタマイズ性が高いので、上手く使えば最適な社内システムを構築できます。しかしカスタマイズする余裕がなくてシステムを育てられず、結局必要に応じた個別のツールに逃げてしまったんですね。そのツールの理念には共感しているので、使いこなせなかったことが残念でした。

RPAに関しても、受発注部門については大成功といえますが、他部署ではまだ満足するような運用に至っていないケースがあります。とはいっても、RPAの活用は始めたばかりなので、業務の洗い出しやフローの見直しなどを経て、業務内容に適したシステムを構築していきたいです。

独自の人事評価制度とスタッフの丁寧な対応がDX化を後押し

老舗企業でのDX推進はなにかと困難が多いと聞きます。御社が成功した理由は何だとお考えですか?

竹内さん:スタッフからの大きな反対が起きなかったからだと思っています。DX推進は基本的に私や経営層が発案しているのですが、細かい業務改革までは手が回らないので、「このツール入れたいけれど忙しい! 誰かやってくれへん!?」とスタッフにお任せしています(笑)。

するとスタッフがプロジェクトチームを立ち上げて、導入までの道筋を明確にしてくれるのです。スタッフが自主的に動いてくれることが、大きな成功要因のひとつだと考えています。

荻野さん:新しいことを任せてもらえるので、私たちもやりがいを感じますね。

オンライン交流会の様子
オンライン交流会の様子

スタッフが率先して行動してくれる理由は何でしょうか。

竹内さん:大きな要因だと考えているのは、独自の人事評価制度です。当社の人事評価制度は1〜6のグレードに分かれており、主に若手を対象としているグレード1からグレード3は、年功序列的に昇級します。外部からの評価を気にすることなく、自己研鑽してもらいたいからです。

中堅以上のグレード4からグレード6では、これまでの経験を活かして商品企画や業務改善などに積極的に取り組んでもらいたい。そこで昇給金額を自己申告にしました。「これだけ成果を出すので、この金額をください」とスタッフが管理職にプレゼンするのです。自分で立てた目標なら達成するまでがんばれますよね。

また「型にはまらない人間であっても活躍できる組織にしたい」という思いが強くありますので、多様な人材が活躍できる環境を作れるように尽力してきたつもりです。

例えば、年齢を重ねた方など、DXを受け入れにくいスタッフはいませんでしたか?

竹内さん:弊社には20代から70代のスタッフが在籍していますが、DXに反対するようなスタッフはいませんでしたね。70代のスタッフにいたっては、自らDXを推進するほどです(笑)。

とはいえ全員がすぐに新しいデジタルツールに馴染めたわけではありません。人によってデジタルツールの習熟度は違いますから、戸惑いや疑問はその都度生じます。そこで疑問や質問があれば、導入するツールのプロジェクトメンバーに聞ける体制を整えました。

プロジェクトメンバーはスタッフ一人ひとりがツールを使えるようになるまで、懇切丁寧に教えてくれます。こうした丁寧な対応のおかげで、会社全体としてDXが推進できています。

DXの先にある、お客様それぞれの「私らしい暮らし」

DX推進によって業務効率化以外に変化はありましたか?

竹内さん:ツールを使用して業務が楽になることで、スタッフが「この業務は本当に必要なのか?」と疑問を持てるようになったことが、大きな変化だと思います。

「現状に改善の余地があるのでは?」という思考になれば、DX化はさらに加速しますよね。すでにDX化が進んでいる部署ではさらなる効率化を追求でき、DX化が進んでいない部署にも間接的に良い影響を及ぼします。

またDXを推進すれば、業務ミスが減ったり業務量が減ったりするような恩恵が必ずあります。こうしたプラスの成果を積み重ねていけば、今後もDX化を前向きに受け入れてもらえるのではないでしょうか。

近年、業務基幹システムをリプレイスしたことで、粗利率の改善や在庫管理の最適化などの成果も出ています。この先10年など長い目で見たら、業績向上の大きな要因になるでしょう。

「DRAW A LINE」ブランドイメージ
「DRAW A LINE(ドローアライン)」ブランドイメージ

DX推進になかなか注力できない企業も多いと思います。スムーズに導入し進めていくためのヒントをいただけませんか?

竹内さん:これまでの歴史や文化の積み重ねがあるからこそ、変化はしづらいですよね。ただ、会社が生き残るためには、時代に応じた適切な変化は必要だと感じています。

まずは改善する業務に優先順位をつけて、順番にシステムを導入してはどうでしょうか。一度にすべてDX化すると通常業務を圧迫すると思いますので、まずは無理のない範囲でツールを導入することです。

導入時に重要なのは、スタッフに「このツールを導入したら便利になった!」という小さな成功体験をさせること。一度いい体験をしたスタッフは、次の変化を求めるようになると感じます。

新しいツールや仕組みを導入する際のイニシャルコスト・ランニングコストは、「必要経費」と捉えるしかありません。さらに現在は経済情勢の変化や技術の進化が早いので、一度導入したシステムも5年後には使用しにくくなっているかもしれません。その変化に応じて、最適なシステムを都度導入していくといいのではないでしょうか。

最後に、今後さらにDXを推進していくにあたり、竹内さんが考えていることを教えてください。

竹内さん:数年かけて実現したいのは、製造の上流工程から商品販売、在庫管理まで一気通貫で対応できる統合システムの導入です。現在は部門や業務ごとの使用ツールが連携していないため、不便を感じることが多くなりました。

現在は各部門での課題の洗い出しから始めています。統合システムが実現すればさらに業務効率化・省力化が進行。浮いたリソースを企画・開発など創造的な業務に割り当てれば、会社としてさらに前進できるでしょう。

当社のDX化はまだまだ道半ば。弊社のビジョンである「私らしい暮らし」を多くのお客様に実現していただけるよう、DXを推進していきたいですね。

編集後記

DX推進によって煩雑だった業務が効率化され、新しいチャレンジやもう一歩踏み込んだ課題解決に着手。結果として「より働きやすい環境作り」ができる。そんな社内変化の様子が伝わってくる取材でした。

「DX」と一口に言ってもさまざまなテーマがありますが、共通するのは「働きやすい組織作りを通じて、会社を良くしていく」ということ。課題解決に向けて、まずは取り組みやすい部分から着手するのが大切ですね。

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