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コラム

還暦大工の新入社員!
62歳のナベさんはこうして苦手なITに向き合った。「未来の可能性が広がった」と語る、IT奮闘記を辿る。

建設業界一筋で生きてきた元大工の渡邉一伸さんは、ちょっとした勘違いをきっかけに畑違いのIT企業で働くことに。「スマホもパソコンも大嫌いだった」と語りながら、入社から4年経った現在は「IT大工」として活躍されています。一体どのように苦手意識を克服し、そして今どのように活用しているのか。その奮闘の軌跡をひも解き、建設業界でのIT活用、そして浸透方法のヒントを探ります。

渡邉 一伸さん
株式会社ローカルワークス 
営業部 アシスタントマネージャー

大工一筋の現場人生からIT企業へ 
入社のきっかけはまさかの勘違い

「元大工でITやデジタルとはなんの縁のなかった自分が、60歳を過ぎてIT企業で働いているなんて夢にも思いませんでした。孫みたいな歳の社員に囲まれてね」と、ナベさんこと渡邉一伸さんは、大きな体を揺らせて笑います。

ナベさんは「自分で家を建てられる技術を身に着けたい」と考え、18歳で大工の世界へ。その5年後にハウスメーカーからスカウトされ施工管理に従事します。1995年、阪神・淡路大震災が発生すると、被災地に乗り込み2000人の職人を率いて約1年間復興作業に奔走しました。

「もともと、困っている人を見たり頼られたりすると、ほっとけない性分なんですよ」とナベさん。

その翌年に独立。工務店を約10年間経営し、職人の養成にも力を注ぎました。しかし、職人は技術を身につけると、どんどん巣立っていきます。しばらく「一人親方」として仕事を受ける日々が続きました。

工務店での営業活動は時代が進むほどに大変になっていきました。広告を2万件打ったとしても、依頼として返ってくるのは1、2件ほど。仕事の先細りに不安を感じていた頃、「これからは建設事業者もインターネットを活用する時代」という話を耳にし、慣れないパソコンを駆使しながら検索してみたところ、ローカルワークスという企業が運営する『リフォマ』というサイトを知りました。

『リフォマ』はリフォームなどを希望する一般ユーザーと大工などの専門職人、工務店などの中小建設事業者をマッチングするサイト。

「今はこういうものがあるのかと思いましたね。インターネットがお客さんを連れてきてくれる。さっそく応募することにしました」
しかし、この行動がナベさんを思いがけない方向へと導くことに。

ローカルワークスのスタッフと話すうちに、どうやら自分が「建設事業者募集」ではなく「社員募集」に間違って応募してしまったことに気づきます。

ローカルワークス側でも最初にナベさんからの応募資料を目にしたとき、そこに記載された「58歳、元大工」という経歴に面食らったといいます。しかし、建設業界を対象としたサービスを展開しているものの、社内に建設現場の事情に精通しているスタッフがいなかったことから、経験豊富なナベさんから有益な情報を得られるかもしれないと考え、「とりあえず会ってみるか」という感覚で面接をセッティングしたそうです。

自分の間違いに気づいたナベさんでしたが、面接に同席した社長やCTOと業界についての話が大いに弾みました。面接後、すぐに会社側から「とりあえず1カ月だけ、お試しでうちの会社に来てみませんか?」という提案がなされます。

「多少の不安はあったものの、自分の大工としての経験と知識が求められていることは感じました。これからの時代は建設業界もインターネットやITを大いに活用すべきという社長の話に共感し、申し出を受けることにしました」とナベさんは振り返ります。

入社初日に待ちかまえていたのは
異次元のカルチャーショック

気合いの入った初出勤の日。

オフィスに足を踏み入れてみると、歳の若い社員が数人、PCのモニターに向かってパチパチとキーボードを打っています。挨拶をしても、全員がイヤホン着けた状態で気づかず、誰も顔を上げません。

「異次元に迷いこんだのかと思いました。一人の社員に顔を近づけて大声で話しかけると、『何ですか?』とものすごく驚かれました。こりゃとんでもない世界に来ちゃったなと」

ローカルワークスの同僚である近藤武彦さんは、入社当時のナベさんのことをこう振り返ります。
「いきなり作業服を着たおじいちゃんが現れたので、そのインパクトに戸惑ってしまったんです。でも、ナベさんは積極的にみんなに話しかけ、たちまち打ち解けてしまった。それからは一緒に飲みに行ったり、相談に乗ってもらったりと急速に仲良くなりましたね」

並んで当時を振り返るナベさんと近藤さん。約30歳の年齢差があるとは思えない仲の良さが印象的でした。

持ち前の明るさから社員たちの心をすぐに開いたものの、ナベさんにはまだ「IT」という大きな壁が立ちはだかります。

入社前、携帯電話はガラケーしか使ったことがなく、PCを触るのも見積書を作成するときだけ。
会社側もナベさんのITスキルは把握していたものの、どうにか社内のカルチャーに慣れてもらうしかありません。

第一関門は、社内チャットツールのSlackとGoogleカレンダー。特にチャットにはなかなか慣れることができず、「何か伝えたいなら、口があるんだから話して伝えてよと言ったら呆れられました」とナベさん。

業務に支障が出ないよう、周囲もナベさんが慣れるまで独自ルールを用意することに。ナベさんにメッセージを送ったら、そのことを口頭でも本人に伝え、返信はチャット上で返してもらうようにルールを徹底しました。Googleカレンダーも難関でした。もともとナベさんにはスケジュールをみんなで共有して管理するという習慣はありません。しかし、周囲の社員が「スケジュールに入れてね」「見てね」と根気強く活用を促すことで、だんだんと慣れて利用してもらえるようになりました。

また、思わぬ第二の関門も待ち構えていました。IT企業の社員が日常的に使う「ググる」「エビデンス」「コンセンサス」「プライオリティ」などの横文字言葉は、ナベさんにとって頭痛の種でした。何を言っているのか全く理解できず、会話が進みません。しかし、ナベさん自身も周囲も根気強く、また楽しみながらお互いのカルチャーギャップをすり合わせ続け、1カ月もする頃にはすっかり社内に溶け込んだ存在になっていました。

「みんながナベさんの前向きに取り組む姿勢に共感し、デジタルツールを使いこなせるよう、会社に溶け込めるよう進んでサポートしていました」と近藤さんは当時を振り返ります。また、ナベさんも「この働き方を通じて、『共有』の大切さを知った。」と語ります。

最初はあくまで1カ月間のお試しだったナベさんでしたが、気づいたときにはその話は立ち消え、正式に社員として働くこととなりました。

インターネットは強力な営業ツールになる

現在のナベさんの主な仕事は、職人や工務店の経営者などの中小建設事業者に営業し、リフォマに加盟してもらうことです。建設事業者とじっくりと話し、それぞれの企業の特徴や実績などの細かいデータを取得して、リフォマのデータベースに格納。そのデータベースを元に、リフォームなどを希望する一般ユーザーと最適な建設事業者をつなぐ役割を担っています。

営業をしていても、「困っている人を見るとほっとけない性分」は健在。日々、電話先の建設事業者からの様々な相談にも乗っています。

「『自分も元大工なので、わかります』と言うと相手も納得し、信頼してくれます。現場の実際の流れがわかっていることは強みですし、説得力や親近感が生まれていると思います。話についつい力が入り、大声になって、しょっちゅうオフィスの仲間に『ナベさん、声が大きい!』と叱られています」と笑います。

最近強く感じているのは、建設事業者にはITに苦手意識を持つ人が多いこと。年配の人だけでなく、若い人にもITアレルギーが多く見受けられます。

ただ、それは自分と同じく、これまで使う機会がなかったため単に慣れていないだけのこと。ナベさんは「まずは、PCやスマホを手に入れて、触って、慣れましょう」と根気強く伝えています。「自分でもできたんだから」と力強く伝えられるのは、なによりの後押しになるそうです。

ナベさんが強調するのは、インターネットは強力な営業ツールになるということ。

「今は、自分で営業したり営業担当者を雇ったりしなくても、ネットがお客さんを連れてきてくれます。家でじっとお客さんや仕事を待っていてもしかたない。ネットを通じて、情報を探したり自ら発信することで、これまで会えなかったお客さんと会うことができ、仕事や世界が広がっていきます。足を動かさずに仕事や売上が増えるのですから、こんな便利なものを使わない手はありません」

コロナ禍はリモートワークも実践

ローカルワークスに入社して4年経ち、現在のナベさんは様々なデジタルツールを使いこなすようになりました。ITへの苦手意識はすっかりなくなり、現在は、TwitterやYouTubeを通して自ら情報発信することが趣味の一つになり、同世代の友人に驚かれるそうです。

最近は新型コロナウイルスの影響もあり、リモートワーク中心の勤務体制に。デジタルツールを活用すれば、自宅でも何の問題もなく働けることに驚いています。また、Web会議ツールもすっかり使いこなし、北海道から沖縄まで、全国の建設業者と日々気兼ねなく面談をできるようになったと話します。

「建設業界でも、いろんなデジタルツールを上手に組み合わせることで仕事が以前よりも効率よくできるようになってきています。生産性を上げるには、ますますこういった便利なものの活用が重要になると感じています」とナベさんは語ります。

ナベさんが最大のやりがいを感じるのは、リフォマに加盟してくれた建設事業者さんから「仕事とれたよ!」と報告をもらったとき。

「年配の人も若い人もそうなんですが、最初はITの活用を勧めても『おれにはムリ』と尻込みをする人が多いんです。でもメリットややり方をかみ砕いて丁寧に説明してあげると、『そりゃいいかも』とだんだん取り組んでくれようになる。それで実際に仕事が取れて、一緒に喜べることほど嬉しいことはないですね」

ITの力で建設業界をもっと元気にしたい

現在、建設業界は高齢化が進み、人材不足など多くの課題を抱えています。ITは、そうした課題の解決に貢献します。

ITの活用によって顧客と建設事業者との出会いが増えれば、売上や利益が向上し、雇用も増加します。また、様々なデジタルツールを活用することで仕事の効率や生産性を高めることができます。建設事業者同士の情報共有が進めば、労働力が適切に配分されるようになり、よりスムーズに業務を行えるようになります。

「結果として、労働環境の改善と雇用の増加が実現し、建設業界全体の魅力も高まって、もっと元気になってほしい。元気にするお手伝いがしたいと日々思っています。」

「将来の夢は?」と尋ねると、満面の笑みを浮かべてくれたナベさん

「建設事業者さんにお伝えしたいのは、ITを使いこなせば、仕事や世界が大きく開けるということ。生産性だって上がるし、仕事だって取りやすくなる。良いことだらけだと思いますよ。まずは恐れず使ってみてほしい。還暦直前でワープロ、ガラケーしか使ったことのなかった私にできたのですから、必ず誰にでもできます。今は建設業向けのサービスも沢山あるし、仕事や経営面でのメリットが大きいのでぜひトライしてほしい。そしてこれからも、日本中のお客さんと建設事業者さん、建設事業者さん同士を結びつけて、『仕事とれたね!』『うまくいくようになったね!』と喜びの輪を広げていきたいですね」

・TEXT BY TETSUO ICHIKAWA
・PHOTO BY YUJI TANNO
・EDIT BY NATSUKO ODAGAWA (Eight)

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